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【橘 篤√】
黒猫の仮装をした凛が、髪と尻尾をなびかせながら教室を出て行った。
(あの馬鹿、あの恰好のままで)
「ちょっと俺、如月に部活なくなった事伝えてきます」
俺は、机に置いていたブレザーを手に凛を追いかけた。
「え?橘先輩・・・その恰好で!!?」
そんな雨宮の声は、俺の耳には届いてこなかった。
廊下をでて少し走ると、すぐ凛に追い付いた。
「ちょっと、待てって!!」
「あっ・・・篤君」
「いいから、これ被ってろ」
持ってきたブレザーを、頭から凛を隠すようにかけると、俺は凛の手をとり屋上へと歩き始めた。
「ちょっと、篤君、怒ってる?」
背後から、不安そうな凛の声が聞こえた。
怒っている?と聞かれれば、確かにムカムカとしている。
でも、それは凛に対してではなくて。
凛を追いかける途中で、チラチラと凛をみていた男子生徒に対してだった。
「怒ってないよ」
「怒ってる・・・」
黒猫姿の自分の彼女を見られて、ヤキモチ妬いて怒ってるなんてカッコ悪くて口が裂けても言えない。
屋上につき、人がいない事を確認すると、俺は、凛の方を振り返った。
凛は、視線を下に落としたままこちらを見ようとしない。
確実に、機嫌を損ねている。
「なに、怒ってるの?」
「怒ってるの、篤君でしょ・・・」
「だから、怒ってないから」
「でも・・・・」
ブレザーの影から顔を少しあげ、俺の表情を窺っている。
その仕草は、本当に猫の様で可愛らしかった。
「だから・・・・凛がそんな恰好してるから・・・・」
「そんな恰好?」
「ネコ耳に・・・しっぽ。そんな恰好で廊下走ってたから・・・男子生徒がお前をジロジロみてただろ・・・・」
「それで・・・・機嫌が悪いの?」
ひょっこりとブレザーから顔を出した凛は、嬉しそうに頬を染めていた。
(あぁ・・・・もう)
「自分の彼女がジロジロみられて、喜ぶ男なんていないから」
ヤキモチを、むき出しにしてカッコ悪い。
出来れば、凛の前ではそういう感情を出しているところを、見られたくなかった。
「それなら・・・・篤君だって・・・」
「え?」
凛は少し背伸びをして、俺の頭に手を伸ばした。
「篤君だって・・・狼耳に尻尾・・・・いつもよりシャツはボタン開けてるし・・・。
ここに来るまでに、みんな篤君見てたよ」
凛の黒猫姿を見られたくない事に気をとられていて、自分が仮装をしていることをすっかり忘れていた。
少し拗ねたようなそぶりの凛をみて、”ヤキモチを妬いてくれている”と嬉しくなった。
「それは、仮装してたからだろ?」
「違うよ!!篤君が・・・・かっ・・・・・カッコいいから・・・でしょ」
「そうか?でも、まぁ・・・・・・」
「俺には凛しか見えてないんだから、問題ないだろ?」
「っ!!!」
真っ赤な顔をして動きを止めた、凛にそっと顔を寄せる。
「も・・・問題あるよ・・・・」
至近距離の為か、凛は恥ずかしそうに視線を逸らし、一歩後ろに下がろうとした。
「なんで?」
凛にしか興味がないんだから、何も問題がなさそうだけど・・・・
俺は、首を傾げながら、距離を取ろうとする凛の背中に手を回した。
「好き・・・だから、やっぱり・・・他の女の子にキャーキャー言われたくない・・・」
ヤキモチを妬く事を知られるのは、カッコ悪いと思っていたけど、案外悪いものではないのかもしれない。
モヤモヤとしていた気持ちは、凛がヤキモチを妬いてくれたことで、愛しさに変わっていた。
「俺たち・・・似た者同士だな」
「え?」
「俺も、同じだよ。だから、皆に見せた事のない、お互いしか知らない顔をたくさん見つけていこう」
「篤君・・・・・」
「言っとくけど、お前の前でしかこんな顔しないからな」
「どんな顔?」
前に凛と二人っきりでいる時、ガラスに映る自分の顔を見て驚いた。
凛に向けるその顔は、甘く、柔らかで・・・・
誰が見ても、目の前に居る女性が好きでたまらないという顔をしていた。
「こんな顔だよ・・・・・・・」
至近距離で、一瞬重なった視線。
凛は頬を夕日色に染めながら瞳を閉じた。
二人から伸びるネコ耳に尻尾を付けた不思議な影が、夕日に照らされそっと重なった・・・・・・
「Happy Hallowe’en 凛」
瞳を開けたら、凛も俺と同じ顔をしていたから、俺は嬉しくてもう一度影を重ねた。
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【眠れるキミと王子様!?】
~ハロウィンをキミと!?~狼人間√ END
【KOIOTO】
イラスト : ミア
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